07 S-Yairi 600

S-Yairi 600(クラシックギター)1976~1995


 Yamaki YW-30を譲った友人のN君から高校2年だった1976年の9月に電話があり「友人のM君がお父さんからもらったクラシックギターを持っているが、どうしても金属弦でピックガードが付いたギターが欲しいらしい。『クラギと金属弦ギターを交換してくれるヤツはいないか?』と相談に来たので『去年金属弦のピックガード付きギターを友人にあげたから、そいつにまだ持っているか聞いてみるわ』とM君に返事した。あのスズキのギターまだ持ってる?クラギと交換してあげれる?」という話だった。

 スズキダイナミックギターは音がポコポコの恐ろしく弾きにくいギターでN君に2000円でもらってから全く弾かないままになっていた。2年前に安部クラシックギターを買ったが去年手放しておりクラギは家になく、欲しいと思っていたところであった。ちなみにM君はN君と同じく私と中学の同級生だったのでよく知っていた。

 次の休日、N君がM君をうちに連れてきた。M君が持ってきたクラシックギターは、傷は少なかったが予想通りほとんど手入れされず、フレットの隅にはよごれがこびりついているきたないギターであった。しかしソフトケースから出された瞬間、何やらただならぬオーラを感じた。そしてボディ内のラベルを見て目を疑った。「愛好家の為に之を入念製作致しました。昭和43年 矢入貞雄 No.600-1968」と書かれていた。
 サウンドホールからトップの断面を見ると単板、矢入貞雄つまりS-Yairiの社長が10年ほど前に工房でコツコツと製作していた頃のクラギである。音を出してさらに驚いた。低音弦はさびて黒く、ナイロン弦も透明度が少し無くなっていたが、それでも今まで私が弾いたクラギのなかではダントツの甘く太く大きな音色であった。糸巻きも汚れてはいるがしっかりしており、磨いて給脂すれば何の問題もなさそうである。弾き心地も問題なく、フレットも減っていない。

 M君はスズキダイナミックギターを手に取り「おお~金属弦や!ピックガードや!」と言っていた。しばらくしてN君が「どうや?このクラシックと交換してもええか?」と私に聞いてきた。N君もこのクラギがS-Yairiの社長の作品だとは気づいていない。私は高鳴る胸を押さえながら「ホンマにそのギターでいいの? 今はあまり使っていないからこのクラギと交換してもいいけど…」と静かにM君にいうと、M君はゴキゲンで「もちろん! 俺はこっちの方が断然いいねん! ありがとう!」とたいそう喜んでいた。4年前は自分も金属弦ピックガード付きギターに憧れていたのでM君の気持ちは良くわかる。しかしスズキと矢入のクラギとの、ギターのレベル差は非常に大きい…。しかししかしM君本人は強く交換を望んでいるし、自分もS-Yairiのクラギは喉から手が出るほど欲しい…。私は念のため「このクラシックギター結構いい音するけどホンマにいいんやな?」ともう一度静かに確認した。

 M君が大喜びでスズキダイナミックギターを持って帰ったあと、私は一人でバンザイしていた。憧れのブランドS-Yairiのドレッドノートを初めて手に入れてから8ヵ月後にS-Yairiのクラシックギターまでが突然やって来たのである。しかも、2000円で手に入れたギターとの交換である。スキップしたい気分でその矢入貞雄クラギを持ってロッコーマンへ飛んで行った。ナイロン弦を買いに行ったのだ。いきさつを店員のOさんに話すとギターの状態を確認しながら「ラッキーやなあ、これ結構いいのやで。汚れてるけどあまり弾かれてないからネックやボディも問題ないし、弦高もバッチリや。」とのこと。

 家に帰りギターの大掃除をして糸巻きに給脂し、弦を張ったら新品のような輝きであった(ように見えた)。音も新品弦に変えると今までが嘘のように、さらに良い音で鳴った。音程もバッチリ、トップは杉単板、サイドバックはマホガニーのような材であったと思う。それから1995年に阪神大震災で破損するまで20年ほど私のクラギのメインであった。

 その日の夜、N君に電話し「M君がいたから言わなかったけど、このクラギS-Yairiの社長の作品やってん。」と言うと、N君は「M君めっちゃ喜んでいたし、感謝してたから、何の問題もないんとちゃう。」とのことだった。

 このギターの入手を機にクラシックギターも本格的に練習しようと、当時雑誌などで有名だった東京音楽アカデミーの小原安正氏による通信教育を申し込み、送られてきたレコードとテキストで半年かけて中級まで終了した。「アルハンブラの想い出」が最終課題だったと思う。

 ちなみに後日、スズキダイナミックギターを上機嫌で弾いていたM君は、お父さんに「そのギターどうした?」と聞かれ、経緯を説明すると「あほ!あの矢入ギター高かったんやぞ!」と大いに怒られたらしいが、本人は全然気にせず喜んでスズキを弾いているらしい、とN君から報告があった…。