11 C.F.Martin D-28 Custom Shop

C.F.Martin D-28 Custom Shop

 日本での1970年代のフォークギターブームにおいて、ギター少年の憧れは当時のトッププロが使っていたC.F.Martinであった。物価と為替レート(1971年までは1$=360円)の関係で、大卒初任給が8万円ほどの時代にD-28が34万円、D-45は78万円だった。2020年の初任給平均が21万円ほどなので、今ならD-28が90万円、D-45は205万円ほどしていたことになる。このため、当時中高生であった私にとってMartinは雲の上のもう一つ上にある天くらいの存在で、プロアマ問わず日本の全フォークギタリストの大半に「良いギター=Martin」という刷り込みがなされていた。

 しかし、私がギターを購入しなかった1978年から2002年の二十数年の間で、日本のアコースティックギター事情は大きく変わっていた。1980年あたりからフォークブームは終わり、ニューミュージックブームを経てバンドブームが訪れた。楽器店に沢山あったフォークギターはエレキギターに変わって行った。私が愛した国産アコギトップメーカーのS-Yairiもエレキギターやエレアコ路線に傾かず、アコギ路線を貫いたため1982年に倒産した。

 アコギ暗黒の時代から10年後、1992年エリック・クラプトンがMTVのアンプラグドというアコースティック音楽番組で戦前のMartin 000-42を演奏したことから、徐々にアコースティックギターブームが復活し、1995年にはMartin が初めてクラプトンのシグネイチャーモデルを発売した。これでアコギブームは世界的に加速し、私がアコギを久しぶりに購入しようとしていた2002年は日本でもアコギを作る個人製作家が出始めていた頃であった。

 そんな状況もまだ知らない2002年2月、1978年に最後のギターを買ってから24年ぶりに「良いギター」を買おうと思い立った浦島太郎状態の私は、もちろん「良いMartin」を探し始めた。まず書店に行き雑誌を探したが、昔フォークギターの記事ばかりだった「ヤングギター」誌はエレキギターの雑誌になっていた。ネットでも検索し、ようやく「アコースティックギターマガジン」を見つけ、そこに広告を載せている大阪のギター専門店をまわった。

 まず驚いたのはMartinの値段である。前述したように、私が中高生のころは今の貨幣価値で90万円ほどしていたD-28の新品が何と二十数万円ほどであった。4分の1である。さらに、音についても驚いた。比較のため店に愛器「1978年製 S-Yairi 000カスタム」を持っていき、片っ端からMartinのいろいろなモデルを試奏したのであるが、どれも「あれ?こんなもの?」という感想しか出てこない。持って行ったS.Yairiは、ポール・サイモンやラグタイムギターに没頭する浪人生だった1978年に、当時は女子や子供用のギターというイメージしか日本になく、国産では廉価モデルしか無かった000タイプのギターを、当時S.Yairiの社長であった矢入貞夫氏のご好意で特別に作っていただいたオール単板のカスタムモデルで、24年を経てそれなりには鳴っていた。私が学生のころのMartinは神格化されており、当時は「いい音」という刷り込みがあったのかもしれないが、二十数年後の新品のMartinはS.Yairi 000カスタムと同等あるいはそれ以下の音に感じた。

 それでも何とかS.Yairi 000カスタムよりいい音のMartinはないかと、休日ごとに近畿のギター専門店をまわり、2002年4月大阪市内にあるMartinを中心としたヴィンテージアコギがメインの店WAVERに行った。
 「良い音のMartinありますか?」との問いに店長がまず出してきたのは超ヴィンテージもののプリウォー(戦前の1930年代製)の000-18、見た目ボロボロであったが爆発的な音量で非常にびっくりした。しかし、値段も爆発的で(100万円越え)そこまでのお金を出すのか?と自問自答し、もう少し現実的な値段でこれ(S.Yairi 000カスタム)よりいい音のMartinはないか?との問いに店長が出してきたのは見た目に違和感のあるD-28であった。

 D-28なのにヘッドはフラワーポットでポジションマークはスノウフレイクキャッツアイ、ブリッジの両端にもスノウフレイクというスノウだらけであった。なんでも、前オーナーがスノウフレイクの好きなお金持ちで、1980年代のマーチン・ギター・オブ・マンスという特別仕様のモデルが気に入り、1994年にそれと同じデザインで材も最高級を指定してMartinのカスタムショップに作らせたカスタムオーダー品とのこと。

 弾いてみて「おおー」と声を出してしまった。先ほどの000-18ほどの爆発力はないがD-28ベースにしては音に丸みがあり、むしろD-35のようにマイルドで、D-45のような倍音の豊かなしっとりとした何ともいえない良い音色であった。当時のMartinのカスタムオーダー品は現在よりもカスタムショップの職人が作る部分が多く、通常ラインで製作されたレギュラー品よりも作りや音のいいものが多い。これはさらに、見た目の違和感からか値段も手ごろで、私は見た目をあまり気にしないため、S.Yairiを超えたこの音でこの値段なら納得と購入した。このD-28らしくない変なD-28カスタムが私の初Martinであった。