13 Somogyi SJ-C

Somogyi SJ-C

 初Martinを購入したが18歳の時に買った「S.Yairi 000カスタム」との十分な差はさほど実感せず、フィンガー用のスモールボディのヴィンテージMartinを物色するため引き続きギター店めぐりを続けていた2002年4月、雑誌アコースティックギターマガジンで見つけた神戸のヒロ・コーポレーションのドアを開いてしまう。

 この店は全国でも屈指のプロ御用達のアコースティックギター専門店で、当時のアコギのトッププロの多くがこの店に出入りしていた。しかし、取り扱っているギターが高額なものが多いためか、ネットでは噂が噂を呼んで、評判が独り歩きしていたようである。店主の冨田洋司氏はプロだろうが素人だろうが、思ったことを正直にぶつけるストレートな方だとか、ここの店は生半可な覚悟では怖くて入れない店だとか、中途半端な腕の人は練習しろと叱られるとか、色々な誇張された噂がネット上などで飛び交っていた(と後日知った)。冨田氏の名誉のために記しておくが、もちろんそれらは噂であり、実際は初心者にもきちんと対応していただけるショップである。しかしそんなことは何も知らない私は、S.Yairi 000カスタムを持って女房と二人で何のためらいもなく普通に店に入っていった。

 事務室のようなソファーに座ると冨田氏が聞いてきた。
 「どんな音楽するの?」
 「フィンガー主体で、ラグタイムとか、女房の歌の伴奏もします。」
 「どんなギターが欲しいの?」
 「これ(S.Yairi)より良く鳴るMartinを探しています。」
 「で、Martinでないといかんの?」
 「気に入った音がするのならメーカーは何でもいいんです。」
 「ほう、それやったら、これ弾いてみて。」
 と、奥の部屋から見たこともない大きなギターを出してきた。

 私が初めて手に持った個人製作の手工ギター、ソモギSJハカランダC14Fであった。
 チューニングのため5弦を弾いて驚いた。予想を上回る音量とレスポンスであった。トップが大きく振動しているのが体に伝わる。そして2弦を弾いたとき耳を疑った。今まで何十年と数々のギターを弾き、ここ2ヶ月でもかなりの店を回って多くのギターを弾いてきたが、2弦の開放音がここまでふくよかにハッキリと前に出て鳴るギターは無かった。最も太いプレーン弦は、構造上他の弦よりも音がこもりがちになり、金属弦ギターは2弦の開放音が他の弦に比べて出にくい特徴がある(ナイロン弦は3弦が出にくい)ことは知っていたため、驚きはひとしおだった。

 「2弦がここまで出るギターは初めてです。びっくりしました。」
 「ほほう、分かるか~。ソモギという人が作っているギターや。」
そしてしばらく弾いてみたが、音量・バランス・レスポンス・弾きやすさなどなど、S.Yairiとは次元が違い、比べ物にならなかった。先月購入したMartinも、そのとき弾いたプリウォー000-18もかすむギターだった。
その後、フィールズOMと1952年Martin 000-28も弾いた。どちらもS.Yairiよりはるかに良く鳴っていたが、最初のソモギの衝撃が強く、印象は薄かった。

 「どう、まだMartin欲しい?」
 「いや、そりゃこれ(ソモギ)ですね。」
 「これは先に話をしている人がいるから売れんけど、もうすぐ同じタイプの中古が入ってくる予定や。」
 「ちなみに、おいくらですか?」
 「中古で○○円。」
 「おお~、やっぱりそれくらいはしますよね~…」
 私の予算の倍をこえていた。

 入ったら連絡してもらうことにして店を出ようとした最後に、
 「ところで、ソモギさんってどんな漢字書くんですか?」
 と私が聞いたら、冨田氏は、
 「えっ?」
 と言ってからしばらく沈黙し
 「あのなぁ、アメリカ人やで!」
 と言った。
 私はソモギを珍しい名前の日本人だとずっと思っており、帰ってからネットで検索するためどんな漢字を書くのか聞いたのである。(隣にいた女房も日本人だと思っていたらしい)

 ちなみに、2000年あたりの作品から、ソモギ氏と冨田氏とのやりとりで、日本に入ってくるソモギギターには写真のように漢字で「想茂木作」と書かれた朱角印がラベルに押されるようになった。

 ソモギ(ソモジとも書く)とは、アメリカのアコースティックギター製作家の名前である。Ervin Somogyi アーヴィン・ソモギ1944年ハンガリー生まれ、フラメンコギタリストであったがアメリカに移住し1972年にカリフォルニア・バークレーでギター工房を開く。はじめはクラシックギターやフラメンコギターを製作していたが数年でアコースティックギター製作に切り替えた。
 世界で最もアコースティックギターの構造や音のメカニズムを科学的に分析し、それを製作に生かしている巨匠である。若いルシアーの育成のため定期的に弟子を取り、アコギのメカニズムの研究書も執筆するなどアコギ界に多大な影響を残している。常に研究し、新しい試みをトライするため、設計が年度によって大きく異なる場合が多い。音はもちろん、工作精度も素晴らしく、材も現在入手できる最高の物を使用している。2016年現在すでにご高齢(72歳)で現在の製作本数は年間十本未満となっており、まもなく引退という噂も聞こえている。このため基本仕様ギターの新品オーダー価格はこの10年で2倍以上に跳ね上がった。2020年で40,000ドル(約440万円)となっており、金属弦アコースティックギターでは世界最高ランクである。

 それから数週間後にソモギの次の中古がヒロ・コーポレーションに入った。前回弾いたのと同じタイプのSJハカランダC14F1997年製で、前のよりもさらに鳴っている印象を受けた。このギターが作られた1997年頃、ソモギ氏は全弦・全ポジションにおける弦の振動エネルギーを音に効率よくバランスよく変換することと、反応(レスポンス)の良さを追求していた。このギターはその設計思想にSJ(スモール・ジャンボ)というビッグなボディと14F接合とバックがハカランダということもあり、まさに狙い通りの驚くべき音量と低音弦に負けないプレーン弦(1・2弦)の主張、そして素晴らしい反応の良さである。つまり明るい派手な音であった。私の好みの音よりも元気が良すぎる感がややあり、予算の倍以上という高額ではあったが、これ以外はないだろうと購入した。

 手続き等も終わりそろそろ帰ろうかというときに富田氏が言った。
 「グレーベンというアメリカ人が作った新品ギターが入ってきてるけど弾いてみる?」

 出てきたギターは「グレーベン(Greven)OMマダガスカルローズウッドC12F」だった。
弾いてみてまたまた衝撃を受けた。音量はさほどではない(普通より十分あったがソモギの後だったためそう感じた)が、恐ろしく優しい音だったのだ。
 「こんなにソフトで優しい音がするアコギは初めてです。びっくりしました。」
 「そうやろ、ソモギとはまた違うけど、こういうのもあるんや。」
 「あとからこんなん出すのはズルイわ。」
 「こっちにする? 別に変更してもええよ。」
 マジでしばらく考えた。

 ギターの性能としてはソモギのほうがトータルでは上だ、しかしグレーベンの値段はソモギの半分だ。僕の好みはスロー&メロウな曲で音質的にはグレーベンのほうが合っている、しかし弾き方の変化でソモギでもソフトな音は出せる、グレーベンで爆発的な音量と攻撃的な音は出せない…、しかしグレーベンのこの甘い音色は僕の理想に非常に近い…、
結果はソモギを持って帰った。

 このギターは約2年間、私のメインギターとなったが最終的に硬めの音質のため2代目SomogyiとなるMD-C12F購入時に手放すことになる。