43 桜井・河野 Maestro 杉

桜井・河野 Maestro 杉(クラシックギター)

 トップが杉のクラシックギターは2006年に辻渡S-1の中古を破格値で購入し、杉らしくレスポンスの良い元気な、値段を超えた音であったので10年ほどずっと普段弾き練習用として弾いている。メインクラギのアンブリッジはトップが松で、上品で繊細ながらクリアでバランスの良い深い音を出し、それに対する元気のある杉の良いものが欲しいと、楽器店に行くたびに杉トップのクラシックギターを見たり試奏したりしていた。

 しかし、日本では杉の人気がいまひとつで、国産上位機種は松トップのものが多い。現代ギター社が2014年におこなったアンケートでは、杉トップをメインギターにしているプロは外国人ギタリストが48%でほぼ半数なのに対して、日本人ギタリストは21%で5分の1しかいなかった。

 また、楽器店で杉のクラシックギターを見つけても辻渡S-1のコストパフォーマンスが強力で、それと比較すると「この値段なのにこの程度の音?」と思うものが多かった。たまに「これは!」という音のものもあったが、海外製高級品が多く値段も「これは!」という高額なものや、弦幅が広くて弾きにくいものなどで、なかなか手頃な杉の良品に何年もめぐり会えなかった。

 西野春平NR3-CWをクラギ専門店、茨城六弦堂のホームページで発見したとき、この桜井・河野Maestro杉も同店で見つけており、河野のMaestroは最上位モデルのため松が多く杉はあまり見ないので、どんな音がするのかと興味は持っていた。西野NR3-CWカスタムを購入しに行き、手続き準備の間にこのMaestroを弾かせてもらったところ、杉らしい豊かな音量と太い音色、河野らしいまろやかさもあり非常に好感を持った。さらに驚いたのは超新品同様で、ピッカピカの全くの無傷であるということである。このギターは2014年完成のモデルで前オーナーが秋に購入し、ひと月も経たないうちに委託に出したものらしく、ギター完成時に工房で最初に張られる弦が、何の劣化もせずにそのまま張られていた。メーカーの初期購入登録用のハガキが付いていれば新品として売っても何の問題もないレベルであった。

 非常に私の心の底をえぐってきたが、まだ迷いがあった。「少しでも迷ったときは買わない」が最近の私のモットーである。迷いとは、超新品同様すぎて値段が中古としては高かったのである。西野NR3-CWの購入準備もできたのでMaestroの試奏はそこで終了した。

 翌月、年末になり家でギターの手入れを順次していたところ、本数も増えてきたので、あまり弾かないギターを委託販売に出し本数を減らそうと決心し、弾きにくさにやや不満のあったクラギのラファエル・ロマンを持ってその店に行った。するとそこではボーナス商戦年末大セール初日で、先月試奏したMaestroも大幅に値段が下がって、定価の半額ほどになりお買い得感満載になっていた。そこからさらにラファエル・ロマンの下取り額を差し引くと追加料金は現実的な金額となったため、迷わず持って帰ってしまった。結局入れ替えただけで本数は減らなかった。

 河野賢(こうのまさる)は日本で最初に世界に通じるクラギを製作した日本のトップルシアーである。1926年生まれ、大学卒業後1948年からギター製作を開始し、1967年ベルギー国際ギター製作コンクールで金メダルを獲得、以来世界一級のプロプレイヤーが製作を依頼するようになる。河野Maestroは優れた設計と20年以上寝かされた最高の材、そして最高の技術で製作された河野の最高峰モデルである。1998年に河野氏が他界された後は、河野氏と30年以上にわたり製作を共にしてきた甥であり弟子である桜井正毅氏が河野ブランドを引き継ぎ、「桜井・河野」として製作を続けている。桜井氏も1988年にパリ国際ギター製作コンクールで第1位を獲得している日本のトップルシアーである。

 私は以前「1972年 河野20号」を所有しており河野ギターの太く甘い音は非常に気に入っていたが弦長が660mm以上とかなり長く、弦圧が大きかったため手放した。この桜井・河野Maestroを試奏したとき、10年以上前に所有していた河野20号の、右指の弾く角度の微妙な変化に追従して変化する太く甘い音色の記憶がよみがえった。低音から高音まで個々の音が非常に豊かに鳴り反応も素晴らしい。最初はG音にややウルフトーンを感じたがこれも良く鳴っているがゆえであろう、幸い数ヶ月弾いていたらウルフトーンは目立たなくなった。よって、メロディラインを引き立たせる時は非常に威力を発揮する。あえて難をいうと、弾き方で音質が非常に変わるので(ここが大きな評価点でもあるが)右手のタッチがシビアになることと、個々の音が太く良く出ているために、音数が増えていくとややかたまって骨太に聞こえる傾向(和音の分離の悪さ)がある。つまり音の艶や透明感に欠けるのである。

 しかし、私のメインクラギであるサイモン・アンブリッジのバランスと分離が秀逸なため、上品であるが少し線の細いアンブリッジがやや苦手とする楽曲に非常に向いている音ともいえるので、アンブリッジのサブギターとして最適であった。

 2016年にアンブリッジの艶や透明感と桜井・河野のボリュームを兼ね備えたホセ・マリンを購入するため下取りで手放した。