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HISTORY NT-S4
HISTORY NT-L4

 毎日のレッスンで私が使用するギターは、常にチューニングしたままギタースタンドに立てて、すぐに弾けるようにしている。その他のギターは弦をゆるめてハードケースに入れ、休日に弾いている。今までの私のレッスン用ギターは、ナイロン弦は辻渡S-1、スティール弦は2本のanchanギターを半月周期のローテーションで使用していた。
 2018年6月、大阪北部を震源とする最大震度6弱の大規模地震が発生した。アコギラボがある大阪府貝塚市は震源から30Kmほど南部にあったため、震度3ほどで被害はなく、スタンドに立てていたレッスン用ギターも幸い無事であった。しかし、余震や南海トラフなどの今後の大規模地震を考えると現状は危険で、レッスン用スティール弦ギターを入れ替えることにした。

 所有して弾いているギターが地震などでスタンドから倒れた場合、どのようなギターでも精神的ダメージはあるが、それが比較的小さめとなるものをレッスン用ギターとすると、その要素はここの「私のギター列伝」にある「29 辻渡 S-1」に書いた「普段弾き用ギター」とかぶる部分が多い。レッスンで毎日何時間も弾くため、
 (1)きちんと作られていて丈夫であること
 (2)ネック・ボディ・弦高など含めて弾き易いということ
 (3)音程やチューニングが安定していること
 (4)できれば音も良いこと
 (5)比較的安価で入手したものであるということ
 これらの条件は生徒さんの1本目あるいは2本目のギターに要求される要素でもあるので、普段から中古品情報やオークションサイトなどを注目している。

 (1)は信頼のおけるメーカー製で年度が最近のものであれば問題ないが、メーカーが有名であればあるほど(5)の値段が高くなっていく。
 (2)のネック・ボディは個々の好みもあるため一概には言えないが、弦高は購入後に自分で調節できるので弦間ピッチやナット幅などに注目している。
 (3)も信頼のおけるメーカー製であれば問題ないが、ナットやペグの問題であれば交換できる。
 (4)は好みの問題でもあるため優先順位は高くない。
 (5)が一番難しく、それなりの金額を出せば問題ないギターを入手できるがそれでは今まで使用していたギターと換える必要がない。倒れたとしても精神的ダメージが比較的小さいギターの値段とは人によってさまざまではあると思うが、私のような小心者は購入価格が10万円を超えるギターがスタンドから倒れるとダメージはかなり大きいと言える。したがって私としては購入価格を5万円あたりに抑えたい。

 (1)~(4)の条件を、毎日数時間は弾くレッスンギターレベルで十分に満たすには新品定価10万円以上のものは必要で、それを半額以下の5万円あたりで入手するというのが理想である。条件に合う良質の中古品を探すということになるが、半額以下になっている有名メーカーの中古品は、かなりの掘り出し物(辻渡S-1はこれにあたる)を見つけない限り、ほとんどの場合程度のかなり悪いものや古いものになる。したがって、良質のギターを作っているが、さほどビッグネームではないメーカーの中古品で、状態が良いものを探すことになる。
 なかなか厳しい条件ではあるが、今までの経験を活かして探し、すべての条件を満たすスティール弦ギターを入手できた。

 島村楽器はイオンモールなどの大型商業施設を中心とした全国160以上の店舗を持つ日本最大手の総合楽器店である。島村楽器のアコースティックギターオリジナルブランドは3つあり、価格帯が2万円以下の「Lumber(ランバー)」、価格帯が3~10万円のエントリーモデル「James(ジェームス)」、価格帯が16~45万円のハイエンドモデル「HISTORY(ヒストリー)」である。
 HISTORYは全モデルがオール単板で、国内外の多くの有名ギターブランドのOEMを手がけるFUJIGENか寺田楽器が製作しているのではないかという話を聞く。FUJIGENは長野県にある自社ブランドも持つギターメーカーで、ヤマハ、アイバニーズ、ギブソン、フェンダーなどのギター製作にもかかわっていた。作りや塗装技術は優秀で、ネックの弾きやすさには定評がある。寺田楽器は愛知県に工場を置くギターメーカーで、自社ブランドではサムやVG、OEMではTerry's Casual、エピフォン、モーリス、Switchなどアコースティックギターでは定評のあるメーカーが多い。

 HISTORYは良材のオール単板で、(1)丁寧に作られ丈夫で、(2)非常に弾き易く、(3)音程も安定し、(4)音もなかなか良い。このように楽器としてのレベルは高いが、16~45万円の価格帯は海外の有名メーカ―であるMartinやGibsonやTaylorなどのメインモデルとかぶるため、人気の面では不利になる。したがって残念ながら中古価格の相場はかなり低くなってしまっている。

 HISTORY NT-S4は2012年に発売された、HISTORYのラインナップのなかでは最もロープライスのモデルである。その後、2014年のピックガード追加や2016年のスキャロップブレイシング強化などのマイナーチェンジを経て現在に至っている。これらの変更は音的にはマイナスとなる傾向があるが、ストロークにも対応しチューニングしたままでも強度を保つため、レッスン用としてはむしろありがたい。さらに、MartinのOMサイズで厚さをさらに薄目にしたボディならではの弾きやすさとレスポンスの良さ、オール単板らしい粘りのある音色、丁寧な造りと薄くきれいなポリウレタン塗装のため扱いやすく夏場の汗も気にならない。このように、私が要求するレッスン用ギターとしての要素を保っている。これをファーストオーナー購入後半年ほどの全く弾かれていない新品状態の中古品にもかかわらず、非常に安く入手できた。

 2014年9月にデュアルピックアップのAnthem SLを装着しエレアコとして演奏していたS-Yairi Customが、購入から40年以上経ちブリッジが浮き始め、フレットの減りも限界となっていた。エレアコの音作りについてもレッスンで扱うようになったので、NT-S4購入後すぐにピックアップをS-Yairiから新たにレッスン用ギターとなったNT-S4に移した。

 HISTORY NT-S4を購入して1年後、材やデザインはNT-S4と同じで、ボディがより大きいドレッドノートサイズのNT-L4の中古をオークションで発見した。ブレイシング強化される前の2015年製で、サイズやブレイシングからNT-S4よりボリュームのある音が期待できる。写真から判断するに、汚れはあるがクリーニングすれば取れるレベルで、ピックガードの保護シールは付いたままのようである。おそらく購入後数年間あまり弾かれず部屋に放置されていたようである。こちらの期待通りNT-S4より簡単に入手できた。
 送られてきたNT-L4は予想通りフレットの減りもほとんどなく、弾かれた痕跡はほとんどない。ボディの汚れと小傷をコンパウンドで除去し、糸巻きを磨き、ネックとナットの調整を行い、ピックガードの保護シールをはがすと新品状態になった。音も予想通り豊かな中低音を出し、70年代フォークソングのレッスンなどには最適である。